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「偸盗」

夏の旅行に持っていった本は「芥川龍之介集」でした。以前から芥川龍之介の短編集をじっくり読んでみたいと思っていたら、知り合いの方の家の本箱で見つけたのでお借りしました。

ご覧の通りとても古いので、文体も古くて少々読み難かったけれど、内容の面白さでどんどん進みました。
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短編がほとんどで、羅生門、蜘蛛の糸などの知っている作品はもちろんあって、有名なものはやはりそれだけのことはあるなと思いました。また、蜜柑やトロッコなどの素朴で叙情的な作品もよかったし、後期の河童や歯車も印象的です。あとは一塊の土というのが個人的にはとても心に残っているのですが、今回は偸盗の感想を書こうと思います。これが面白くて夜中まで読んでしまって、旅行の移動中にコパンに熱く語ってしまったという物語でもあります。

何がよかったかというと、作品のもつ”スピード感”だと思います。それから登場人物”沙金”の不可解な魅力‥…これを映画にしたら面白いだろうなと思ったけれど、沙金役の合う女優が想像できませんでした。

物語は沙金を頭にした盗賊一味が愛憎入り交じった複雑な関係で今夜の仕事(盗み)にとりかかるという一日を描いているわけなんですが、まず、沙金に惚れている兄弟が一触即発の状態であるところに、沙金の義父までが加わって四角関係になるのだから、もうぐちゃぐちゃです。
沙金自身は兄から弟に気持が傾いていて、晩の仕事でその兄を殺すためだけに、(産みの親を含めた)仲間を見殺しにする覚悟で密告を行ないます。

そんな破滅的な夜に向かってそれぞれの登場人物の心情をじっくり書き表しているのですが、沙金だけは言動のみで心の声(弁明)は一切与えられていないのが、彼女をより一層不可解な存在にならしめています。
そして沙金とは対称的な存在として阿漕(あこぎ)という白雉の女も登場しますが、彼女は純粋無垢で無知なだけに、しかも父親を知らない子を宿した妊婦であることからも、この物語の聖域のようなものだと思いました。

読んでいる私はとにかく先が気になってドキドキして途中で本を閉じることができませんでした。こういう興奮は久し振りだったので、それだけでも私には面白い小説でした。けれど、作者本人はこの小説に不満を感じていたというのを後で知って意外に感じましたが、確かに、あれだけ盛り上げておいてラストはちょっと弱かったように感じました。

作者も、この物語のテーマとして”兄弟愛”を描きたかったわけではないでしょう。。。そしてこの物語は、時代背景などを考慮して”羅生門”の後の話とも受け止められなくはないので、そういう意味でも羅生門の主題の強さにはやはり敵わないと思いました。

というわけで、映画にするならばラストはちょっと変えた方がいいかもしれませんが、私は何よりもこの物語の書き方の技法がうまいと思いました。
夜に向かう時間の一刻一刻と、それぞれの人物の関係性を、それぞれの独白で説明していく‥…その進め方がとても巧妙で、スピード感はあるものの、時間がとても重く感じられました。どんなにどうしようもない人間でもそれぞれに言い分があって、それを無視することはできない弱さと優しさが人間にはあるのだと妙に納得したりもしました。

芥川龍之介集の全体を読んで、それぞれの立場や境遇、それぞれの気持があって必ずしも満場一致の答えはないし、そしてそれは否定できないという印象は他の作品からも感じられたので、そういうところは作者自身の繊細さや、終わりのない思考回路につながるのかなと思いました。

今回、私は短編の上手い人の小説を読みたいと思ってこの本を手にしましたが、羅生門などの有名な短編は本当に素晴らしいと思ったのと同時に、その他の作品群からも作者の人となりがほんの少し覗けたような気がしました。作品集というのは、そういう所がとてもいいと思います。




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by kuma-rennes | 2014-08-17 05:16 | 詩/感想文
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